神戸地方裁判所姫路支部 昭和41年(わ)346号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕(被告人の経歴その他犯行に至る事情)
被告人は、本籍地で農業を営む父前田二郎の長女として生れ、中学校を卒業して他家の子守奉公などをした後、二〇才の頃近在の加藤君三と結婚して一子をもうけたが、夫が不身持ちのため昭和三七年頃同人と離別して鳥取市岩坪の実家に戻り、爾来食堂の住込店員などをして働いていた。そのうち昭和三九年四月頃当時鳥取市の日の丸バスの運転手をしていた中岡喜久治と再婚して同市内で同棲生活を始め、間もなく正式に入籍した。当初は夫婦仲も悪くなく平穏な家庭生活を営み、同年一一月一八日には長男博之を出産した。ところが産後の肥立が悪かつたため、被告人が一時家事の切り盛りを疎んじる傾向があつたりしたことから、とかく夫婦間の和合を欠くようになり、そのうえ昭和四〇年一一月一三日出生した次男哲雄は未熟児で病弱であつたため被告人は一層気苦労も増す思いであつた、その後ほどなくして兵庫県宍栗郡波賀町今市の夫喜久治の実家に居を移し姑中岡トミエと同居することになつてからは、姑から病弱な哲雄を産んで金がかかる等と口汚く厭味言を並べられて心身ともに疲労し、気持も荒んで暗うつな心情の日々を送るようになり、昭和四一年二月一六日姑との不和による葛藤から昂奮状態に陥入つて、発作的に次男哲雄に自己の身体を押しつけ、そのため哲雄を死亡するに至らしめたことがあつたが、当時は真相を秘して哲雄は病死したものとして葬られた。その後間もなく夫側から離婚話が持ち出されたため被告人もやむをえないという気持になつてこれを承諾したもののその際姑トミエが策動して自己の手許に置きたかつた長男博之を強引に引き取つてしまつたとして同女に対して痛く遺恨を抱き、憤懣やる方なく、同月二二日その恨みから同女に鉈で切りつけて頭部切創を負わせる事件を起し警察に逮捕されるに至り、三月一一日から姫路市今宿の高岡病院に鑑定留置されて精神鑑定を受けるなどの取調の結果、五月六日不起訴処分に付されて釈放され、ひとまず帰郷した。その際父二郎から中岡喜久治との離籍手続は既に済んでいる旨を聞き知り、周囲のすすめで当時懐妊中の胎児の妊娠中絶手術を受けたりもした。ところが日がたつにつれ、博之に対する未練がつのつてその思いが頭を離れず、その後も喜久治らに対して数回にわたり博之の引き渡しを求めたがその都度固く断られて思うにまかせなかつた。六月五日博之に会うため再び波賀町今市に出向いて来た際、被告人は出刃庖丁を携行している等の異常挙動があつたため再度警察に保護され、翌日揖保郡保川町半田所在の揖保川病院に隔離収容されて、精神衛生法による精神鑑定医の診察を受けたが、その結果人格未成熟と環境負荷による一時的異常境遇反応であつて自傷他害の虞なく措置入院に該当しないと診断され、同月一二日退院許可となつて父に迎られて再び帰郷した。その間中岡喜久治親子は被告人の再三に亘る常軌を逸した危害行為に懸念を抱き遂に同月七日喜久治の姉の婚家である揖保郡新宮町の湊久味方に一時身を寄せていたが、被告人はなおも博之を諦めきれず、同人を取り戻そうとして右湊久味方を訪ねたりしたが結局果さずに終つた。
(罪となるべき事実)
被告人は、前記のような生活経歴を経て長男博之に対する一途な母性愛を抱きながら昭和四一年六月三〇日から鳥取市吉方にある飲食店「まるたけ食堂」の店員として一時勤めることになつたが、その日仕事を終えて帰る途中、再び博之に会いたいという気持になり、いつたんそのように考え出すとこれに沈潜する一方で矢も楯もたまらず、そのままタクシーに乗車して国鉄若桜駅前で下車し、同所附近から通りがかりの定期便貨物トラックに便乗して同夜午後一〇時三〇分頃兵庫県宍栗郡波賀町今市部落に到り、暗夜を単身徒歩でほどなく同町今市三一の四番地前記中岡喜久治方を訪れたところが同家は完全に戸締りがされていたので侵入口を捜すうち同家南側裏勝手口附近の窓ガラスが壊れているのに気づいて、同個所の窓枠を潜つて室内に入つたところ、家人不在とわかり、仕方なく奥八畳間にもうけられた仏壇に灯明を上げて亡き次男哲雄の供養をしたり、仏壇の前に布団を敷いここれに横臥したりしていた。そのうち淋しさと博之に会えない悲哀、姑トミエに対する恨みなどの思いが去来して不安、不快な心理状態に陥入り、突差に、自己のうつ積した気持を晴らすため同家に放火して自らも死のうと決意するに至り、同夜午後一一時頃、同家六畳間の布団箪笥の中の蚊帳に所携のマッチで点火して放火し、この火を右箪笥から同建物に燃え移らせ、よつて右中岡喜久治及びその家族が現に住居に使用している木造瓦葺平家建一棟(一二二平方メートル)を全焼させるに至り、もつてこれを焼燬したものである。なお被告人は右犯行当時心神耗弱の状態にあつたものである。
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人は、被告人は本件犯行当時精神の障碍により心神喪失の状態にあつたから無罪である、と主張するから判断する。
(1) 前掲各証拠によれば、被告人は、知能は普通級下位であるが、情意面においては家系的な精神低格者の遺伝負荷と粗野な生育環境が相まつて、頑迷な自己中心性、自省心および融通性の極端な欠如、粘り強い執着性など著しい変調がみられ、かかる情意変調および環境負荷に由来する心的葛藤に基いて、極度の不安感、抑うつ感情、自己不確実などの精神症状に支配されると、その不安、緊張の解消を求めて衝動的に短絡反応を示すてんかん性気質(精神病質)の異常性格者であるが、本件犯行当時及び現在においても狭義の精神病者でないことが認められる。
(2) そこで進んで被告人の性格異常の程度と本件行為決断との関連を心理分析して被告人の責任能力を判断するに、前掲各証拠によれば、被告人は、長男博之を自己の手許に置いて養育することがその母性愛を充たし、又いつたん離別した中岡喜久治との復縁を期しうる唯一のあり方であると考えていたところ、その異常性格の故にいよいよその考えに沈潜し、判示犯行当夜も博之を思う一途な気持で漸く喜久治の実家に出向いて来たものの、家人不在で博之にも会えず、それに基因する悲哀、前途への不安、姑トミエらの周囲の者に対する不満などの種々の不快因子が重つて内心の葛藤を生じ、その執拗な粘着的傾向の故に右心的緊張を解消させるに足りる代償行為への誘惑に駆られ、理性をもつてその逃避欲を統御できないまま、そのうつ積を本件放火行為の遂行によつて代償的に発散させたものであると認められる。即ち、本件犯行は被告人の偏奇したてんかん性気質を前提として帰結された短絡反応ではあるが、前後不覚の盲目的無意味な反射行為ではない。又証拠によれば、犯行時の行動は、被告人がその前後の客観的状況を詳細かつ明確に記憶追想していることからして、清明で混濁のない意識状態において行われたものであるうえ、周囲の客観的事実とそれに基因する犯行の動機原因並びにそれに従つて生じた被告人の犯行の決意および実行は、常識的にみれば特異的ではあるが、被告人自身具体的に感情的反応を示した動きを述べている部分もあつて相互にある程度の関連性を有し正常心理学の範囲内で全く了解不可能なものでもないことが認められる。従つて当裁判所は、本件犯行当時、被告人がその異常性格の影響によつて高度の昂奮から平素の人格構造が一時的にせよ崩壊して病的な不安、緊張状態に陥り、その理性力と感情抑制力が本件犯行を全く避け得ない程の障碍を来たしてはいなかつたものと考える。
以上の次第で弁護人の心神喪失の主張はこれを採用しない。(村上喜夫 菊地博 藤田清臣)